2025/11/03 18:26
嗅覚の可塑性 ― 香りを識別する脳のトレーニング効果嗅覚は生まれつきの感覚と考えられがちだが、実際には学習や経験によって変化する「可塑的」な機能を持つ。
これは神経科学的に、嗅覚野や海馬のシナプス可塑性に基づく能力変化として説明されている。
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嗅覚訓練の科学的根拠
ドイツ・ドレスデン工科大学の研究(Hummel et al., *Laryngoscope*, 2009)では、
嗅覚障害を持つ被験者に対し、バラ・ユーカリ・レモン・クローブの4種の香りを毎日嗅ぐ訓練を12週間行った結果、
嗅覚識別能の有意な改善が報告された。
これは、嗅覚系が長期的に神経再構築を起こすことを示す代表的な研究である。
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嗅覚と脳構造の変化
MRIを用いた研究(Han et al., *NeuroImage*, 2017)では、
嗅覚訓練を行った群で嗅球および海馬の灰白質体積が増加していた。
このことから、嗅覚刺激は脳の可塑的変化を引き起こす可能性がある。
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香り識別と感情処理
嗅覚学習によって香りを識別する力が高まると、
香りに対する情動反応も安定化する傾向がある。
これは、嗅覚と感情が神経的に隣接するため、訓練によって相互に強化されるためと考えられている。
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日常生活への応用
嗅覚訓練は、香りを感じる感受性を高め、
食事・自然・文化的記憶を豊かにする可能性がある。
このような「感覚の学習」は、五感のうちもっとも変化しやすい嗅覚の特性を活かした脳科学的アプローチである。
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参考文献
・Hummel et al., *Laryngoscope*, 2009
・Han et al., *NeuroImage*, 2017
・Bensafi et al., *Front. Psychol.*, 2014
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免責と注意
本記事は嗅覚訓練および神経可塑性に関する研究を紹介するものであり、
医療・治療・予防を目的とするものではありません。
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香りと脳 ― 五感と科学の交差点
(全5回シリーズ)
第1回 香りと記憶 ― 匂いが思い出を呼び覚ますとき
https://ishrine.official.ec/blog/2025/11/03/182425
第2回 嗅覚と情動 ― 香りが“こころの揺れ”に届く理由
https://ishrine.official.ec/blog/2025/11/03/182507
第3回 香りと集中 ― 嗅覚刺激が認知機能に与える影響
https://ishrine.official.ec/blog/2025/11/03/182604
第4回 嗅覚の可塑性 ― 香りを識別する脳のトレーニング効果
https://ishrine.official.ec/blog/2025/11/03/182629
第5回 香りと神経科学の未来 ― 嗅覚が拓く心の理解
https://ishrine.official.ec/blog/2025/11/03/182654

